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けれども、語るということは、やはり暴力です。とても恐ろしい、かつ根源的な暴力です。にもかかわらずぼくらは語らざるを得ないし、誰かが語る声に 耳を傾けざるを得ない。そしてだからこそそれは暴力でもある。その無限の循環のなかでぼくらは他者と共にあるのだし、そこでしか共にあることはできない。 だからこそぼくらはつねに悲しまざるを得ないのだし、だからこそぼくらは、他者に対する責任=倫理を持たざるを得ない。

世界を何色かに塗り潰そうとする大きな声が、ぼくは怖い。塗り潰されることに対する戦いとしてであってさえも、やはりぼくは、大きな声というものを持ちたいとは思わないのです。そこには、きっと、あるひとりの、たったひとりの誰かの声は、既に存在していません。

いうまでもなく、これはかなり一面的な理解でしょう。無数の集団のなかに、しかし必ずそこには差異があるはずです。拡声器越しの叫び声、繰りかえさ れるフレーズ。そういった戦術的な統一性を超えて、そこにはそこにいるひとりひとりの回収しきれない差異がつねに残り続けます。

だからやはり、もっと単純に、ぼくは大きな声が苦手だ、というだけのことなのかもしれません。クラスに馴染めない子どものようなものです。いまだに、ぼくはそんな感じで生きているのでしょう。

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